青春18のびのび切符

S58.7

 最近では「のびのび」が取れて記名式になり、使いにくくなったようですが、昭和57年登場当時は5枚綴りの分離型で5枚8千円、おまけに5枚目は2日間有効と言う大盤振る舞い切符でした。
 さてこの切符2枚で岡山から稚内まで2車中泊3日で行ける事を発見したクラブの後輩Y君は、S58夏にこの計画を実行しようとしました。当時はムーンライト**なんて上品な夜行普通がないかわりに、門司発京都行き山陰本線鈍行夜行などと言う凶暴?な長距離普通夜行が全国を走っていました。1日目は新潟止まり、2日目は函館、3日目には稚内という計画ですが、乗り始めは山陰本線夜行普通の日付が変わった最初の駅(鳥取駅の2つくらい向こうの駅)なので、岡山から150Kmを自転車で走っていき、輪行するという計画でした(そこまで自転車で走っていくと言うのが、いかにもクラブ員らしい発想ではあるが・・)。そこで、同時期に単車で北海道ソロ旅行していた私は、深夜の函館駅で落ち合うべく旅行の調整をしていました。落ち合う日は朝からあいにくの小雨でしたが、昼過ぎに函館に着いた私は、007の映画を見て風呂に入り、食事をしてからコインランドリーで洗濯がてら、備え付けのTVで歌番組を楽しみ、小雨の中を夜の函館山に登って夜景を見て12時前に函館駅の待合にいました。4時の始発普通まで話でもと思っていたのですが、連絡船がついても一向にY君は降りてきません。すると構内放送が・・・。
「岡山からお越しの**さま、**さまよりお電話がかかっております」とのことで事務所に行くと電話の向こうにはY君の声。

私:「今どこにいる?」
Y:「岡山です」
私:「どうしたん」
Y:「岡山から鳥取目指して走っていたのですが、深夜の黒尾峠(岡山鳥取県境)
   でこけまして、岡山に帰ってしまいました」

とのことで、待ち人来たらず。
 混雑した函館駅に一人でいても仕方ないので、寝る所を探しましたが、外は霧雨。バス停は鍵がかかっており、結局2時間近く放浪した後に函館空港の軒先で寝ました。さすがに空港警備員に見つかりましたが、夜明けまでの条件で、寝させてもらいました。翌朝は日の出とともに朝市で食事をして、7時のフェリーでそそくさと、大間へ向かっています。

 後日談ですが、次の年Y君はリベンジでこの計画を遂行させました。ただ、3日で稚内に行ったものの、自転車を組み立てて走らず、そのまま輪行で岡山まで帰ってきたそうです。何のために自転車を北海道まで持っていったのやら・・・。

 

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